それでも、あなたは回すのか 紙木 織々著 新潮文庫NEX
編集者になりたくて出版社を中心に就職活動をしていたものの、結果としてソシャゲ開発会社に就職した友利晴朝。
小説や物語が好きでもソシャゲについては門外漢な友利晴朝が、ゲーム開発で活躍していく話です。
市場規模は兆単位、FGOやパズドラ、最近ではウマ娘といった超人気シリーズが揃う一方、たくさんのゲームが生まれては、すぐに運営中止となって消えていくソシャゲ市場。
そんな華やかでシビアなゲーム作りの裏側を描いています。
もちろん、主人公の大卒新人友利晴朝は、イラストが描けるわけでなければ、ゲームプログラムを組めるわけでもなく、物語が好きな関係で少し小説を書ける程度。
イラストの才能があって熱意のある同期や、頼れる先輩たちに囲まれるなかで、完全にイチからゲーム作りを勉強していくことになります。
最初は仕事らしい仕事を与えられず、自社のゲームをプレイするだけというもどかしい(社会人やっているのでわかりますその気持ち)展開もありますが、
切磋琢磨していく過程を追いかけると、読者の我々も日々の仕事をどう進めていくのか参考になります。
例えば、ゲームで出てくるアイテムのデザインで、企画が通らず苦悩する同期。
その同期のデザイン自体はかなり優秀で出来がよく、特に問題がないのですが、なぜ却下されるのかを追いかけるのが、謎解き要素もあって楽しかったです。
却下される理由を見抜いた友利晴朝ですが、その問題の伝え方も、モチベーションを折るのではなく、逆に高めるやり方なので、変にハラハラしたりせずに読み進められました。
主人公に突出した能力がない分、日々の地道な勉強を大事にしつつ、同期や先輩を巻き込み、時に励ましながら能力を上げていく過程には読み応えがあります。
王道、そして堅実な展開でした。
友利晴朝がシビアな状況の中で的確な戦略を打ち出し、会社の戦力になっていくのを追いかけるのに退屈はしません。
お仕事小説、いいなと思いました。
仕事の進め方、戦略を組むときの視点、同僚や先輩のモチベーションアップといった、社会人なら日々意識していることを盛り込んでくれています。
下手な自己啓発本よりも、より仕事の進め方のイメージが具体的になりました。
(だからって、本作に出てくる1営業日を3営業日にしてしまう魔法なんてただの鬼畜です! 本気で受け止めてはいけません! というよりできません!)
ブービージョッキー!! 有丈ほえる著 GA文庫
このライトノベルがすごい!2023の投票を終えました。
5作品の選定がとても大変で、コメント付けも含めてかなり脳のエネルギーを使いました。
無事投票を終えて、ほっと一息ついたのですが……
棚の積ん読を眺めたときに思ったことがあります。
――この中に、投票期間内に読めなくて投票しなかったのを後悔する作品があるのでは?
ありました。
さっそく投票しなかったのを後悔した作品にぶちあたりました。
それがブービージョッキー!!です。
19歳という若さで日本ダービーを制し、「ダービージョッキー」の称号を勝ち取ったものの、その後勝てなくなって「ブービージョッキー」と揶揄されることになった競馬騎手風早颯太の物語です。
そんな風早颯太の前に、美人馬主美作聖来が現れます。
彼女が風早颯太に競馬で騎手になってほしいと頼み込んだサラブレッドの名は、セイライッシキ。
セイライッシキはとても気難しく、気性が荒く、騎手や厩舎で馬の世話をする厩務員を手こずらせる存在で……
とても情熱的で前向きになれる作品でした。
風早颯太はレースにおけるトラウマで勝てない上に、セイライッシキはその性格ゆえにレース中にトラブルを起こす。
そんな競馬界としては決定的なものが欠けている人馬がぶつかり合い、成長していくところに心が震えます。
そして風早颯太が勝てなくなった理由である、レース中のトラウマが、彼に克服しなければならない壁として現れる。
その壁をどう乗り越えるのか、目が離せません。
そして、ヒロインとなる美作聖来が、なぜ風早颯太にセイライッシキを連れて現れたのか。
その理由や、そこに至るまでのエピソードは、感動ものでした。
美作聖来の子供時代から変わらずにきた気持ちは、本作で絶対に外せないポイントのひとつといえます。
最後のレースのシーンも圧巻の一言です。
風早颯太がライバルと鎬を削るところは、最後まで何が起きるかわからず、ページをめくる手が止まりませんでした。
笑えるコメディー要素はもちろんですが、コンプレックスの克服や、打ち勝つべきライバルの存在、支えてくれる仲間、それぞれの職業の誇り、そして負けられない戦い……
私が小説を読む上でほしいと思っている要素、そのすべてを180%満たしていました。
この作品をこのラノに投票しなかったのは痛いです。
一生の不覚……!
もっと早く読むんだった……!
千歳くんはラムネ瓶のなか第7巻 裕夢著 ガガガ文庫
チラムネは、狂う。
そう形容しないわけにはいかない第7巻でした。
夏休みが明けて、9月。藤志高校では、体育祭や文化祭などが連なった、藤志高祭に生徒たちは浮き立つ。
千歳朔たちは出し物であるクラスの演劇の企画立案に加えて、同時期に行われる応援合戦に向けて練習に励むようになる。
第6.5巻で、チーム千歳の女子や、今後の朔との関係が気になる明日姉はそれぞれの夏を過ごし、思いを新たにこの巻を迎えていて、前半は清々しさもある内容でした。
文化祭の出し物を考えたり、実行に向けて準備や練習をしていく様子は、まさに高校生ならでは。
私は社会人なので、懐かしいのひとことです。
それぞれの人物の気持ちや、人間関係が安定してきたので、今回はほのぼの巻になるのかなと思いきや……
それを狂わせる存在が現れました。
1年生の朔たちの後輩である望紅葉。この女の子が、朔たちが参加する応援団に加わり、朔たちの応援の練習に加わります。
最初はただの1年生の、スポーツ活発だけど素直でかわいい女の子ですが、徐々に徐々に本性を現して朔の気持ちを奪おうとしていくのがオソロシイ。
千歳朔の友人であるという立場に甘えて、なかなか気持ちをはっきりさせずにいる優空や陽、悠月、さらには明日姉たちを糾弾し、彼女らのポジションを奪おうとする姿は、狡猾そのものでした。
第6.5巻までで積み重ねてきたものを破壊する威力があります。(だから第6.5巻を読まないとダメですよ)
7巻目にしてとんでもない人物が登場しましたねチラムネは。
ただ、望紅葉が1年生の立場の弱い後輩でありながら、先輩しかおらず、彼女自身にとっては強敵の集まりであるチーム千歳の女性陣に単身に殴り込みをかけるという点に、怖いと同時に魅力を感じました。
強さを感じさせる女性キャラですね。
望紅葉の原動力は何なのかが気になります。
また、望紅葉という存在に、明日姉たちはどう対抗していくのか。
これは第8巻が1000ページ越えても買うしかないですね。
なお本作は、私のこのラノ2023投票作品です。
男性キャラ部門では千歳朔に、
女性キャラ部門においては、チラムネをとことんかき乱した望紅葉に、
またイラストレーター部門では、本作に登場するキャラたちの表情の変化をエモく激しく描かれたreamz先生に投票しました。
SICK 私のための怪物 澱介 エイド著 ガガガ文庫
人々が寝るときに見る夢や、空想などを総称した『ゾーン』に現れ、恐怖症を引き起こす化け物『フォビア』。
そんな『フォビア』を、他人の『ゾーン』に入って倒すことを使命とする叶音の物語。
女主人公で、サポートするヒロイン役(?)は十歳の小さな男の子という、ライトノベルとしては珍しい作品です。
珍しいながら、叶音と逸流の組み合わせは最高でした。
歳相応に幼く、そしてやんちゃな逸流に叶音が振り回されたり、
親がいない寂しさに泣く逸流を叶音が慰め、手を取り合ったり、
子供らしく柔らかな逸流の頬に、叶音が触って癒されたり。
もはや姉弟関係以上の深い絆で結ばれている様子に、読んでいる側も癒されました。
珍しいという点で終わらず、二人の関係が濃密で、キャラが活かされていて、活躍を追いかけるのが楽しみになります。
じゃれあう二人に本当に癒されました!
……中盤までは。
中盤に至るまでところどころにおかしいな、怪しいな、という点がいくつかあったのですが、後半に入るとこの物語の凶暴性が一気に爆発していました。
叶音が人々の『ゾーン』に入り、『フォビア』を討伐する理由。
サポート役の逸流という少年に起きた悲劇。
それらを知ると、この一年で読んだライトノベルの中で、最大級の恐怖を感じさせました。
グロさと、精神を追い詰められていくキツさでいえば、リゼロと遜色ないレベルです。
もはや姉弟と呼んでもいい二人に何が起きたのか、読むとなったら相当な覚悟がいると思います。
正直、受け止めきれませんでした。
軽い気持ちで読むと、絶対にトラウマになります。
最後に、叶音のサポート役の逸流について。
読み終えると、かわいいと思っていた男の子にぞっとしました。
物語に登場する逸流は、本当の逸流とは別の存在なのではないか。
では正体は何なのか、考察したい意欲をそそられます。
次巻に期待です。
天使は炭酸しか飲まない 丸深 まろやか著 電撃文庫
タイトルにある天使とは、表紙を飾る柚月湊のことではないのですね。
読んでいてまずそこにびっくりしました。
前置きはさておき、この小説に登場する明石伊緒にはちょっと特殊な能力があって、相手の顔に触れるとその人が思いを寄せている人を知ることができます。
その能力を使って、通っている久世高校の天使として、正体を隠した上で同じ学校の生徒の恋愛相談に乗っているのですが、そんな最中、柚月湊によって伊緒が持つ能力を看破され、彼女の恋愛について相談に乗ることに……
読んでいてちょっとこの伊緒という高校生、いい人すぎない?という印象を(期待を抱きつつ)持ちました。
いくら顔を触れただけでその人の好きな人を見抜けるといっても、それを自分の都合がいいように使うのではなく、相談相手の恋愛がうまくいくよう、きちんと告白できるように動く。
しかも対価なし。完全にボランティア。
都合よすぎでは?と思ったのですが、読み進めるときちんと腑に落ちました。
伊緒は自身の持つ過去から、このような天使としての活動をしているのであって、そのことが丁寧に描写されていました。
たとえ相手が自分のことを好きでなくても、告白しないでいい、伝えないでいい思いなんてありえない。
そんな伊緒のあり方に共感できます。
そして、そんな伊緒に恋愛相談を持ちかける柚月湊。
久世高校三大美女のひとりとされるほどの彼女が持つ、ちょっと変わった恋愛の悩みの原因を、伊緒がどう見抜いて解決していくか。
気になりながら読み進めていきましたが、彼女の背景を知って謎が明らかになると、うるっとなりました。
伊緒と湊、それぞれが持つ過去と折り合いをつけ、奮闘する一冊。
おすすめです。
ぼくたちのリメイク7 ものをつくるということ 木緒なち著
※ 内容について触れていますので、6巻目まで未読の方はご注意願います。
芸大の動画制作課題という題材を扱っていますが、まったく侮れません!
今回は、3巻に渡って繰り広げられた動画制作課題の決着回です。
橋場恭也が11年後の未来から戻った後、突如としてライバルとして現れた九路田孝美と競い合った結果がついに明らかになります。
九路田はいい作品を作るためには冷徹にもなれ、芸大において創作の能力としてはトップクラスを誇るという点で、橋場と重なる点が多いです。
二人の違いは、性格と創作に向き合う理由だけ。
そのことが橋場に、創作を続けることとは何かをいい意味で突きつけ続けていました。
二人の戦いに、最後まで緊張させられます。
加えてシノアキという戦力を加えた九路田側の陣営は最強。
そこに橋場側の陣営がどう挑んでいくのかというのも、この巻のキモです。
もはや学生の課題という域を超越した、本当の創作とは何かを語っているといっても過言ではない内容でした。
もちろん、学園祭回でもあるので、そのドタバタ劇も読みごたえがあります。
あのツンとした近寄りがたいあのキャラが、学園祭あるあるのあのイベントに担ぎ出され、とんでもない結果となったのに笑えました。
なおこの巻では、シノアキが完全にモンスターと化します。
なぜ彼女がそこまで絵を描き続けられるのか、そのことが彼女自身に何をもたらすのか、気になりますね。
きみは雪をみることができない 人間 六度著 メディアワークス文庫
大学生で小説を書くのが趣味の主人公は、芸術学部に通う岩戸優紀と出会い、二人は恋に落ちるが、岩戸優紀には冬になると冬眠してしまうという謎の病気を抱えていて……
この設定に、おっ、となりました。
異常体質、しかも医学的に体は健康であるということもあって、岩戸優紀やその家族は周囲の誤解や偏見に晒されながら生きてきた、という点にも惹かれます。
恋人になった主人公は、まず岩戸優紀のこの異常体質に直面することになります。
障害があって普通の女の子としての暮らしができなかった彼女のために、岩戸の家族と一緒に自分が何ができるかを模索していく……素敵です。
この後どんな困難が待ち構えていて、どう乗り越えていくんだろう、ということで、中盤までわくわくしながら読み進められました。
……中盤までは。
後半の展開は、はっきりいって「迷走」しているとしか思えない内容でした。
突拍子もなくヒロインが倒れたり、体に変化が起きたり、大して効果があるとは思えない伏線があったり、不必要に凝った表現が出てきたりと、読んでいて「?」となるところが多すぎます。
特に、二股疑惑に直面した主人公。
DV男子のように取り乱して、恋人の使っていた道具を粗末に扱って、前半で固めた恋人と寄り添って生きていくという覚悟はどこにいったんだ、という悪印象を受けました。
こうもヘイトを高められては、この後の展開にも納得できず、好感を持てません。
甘いです。
しかもこの作品で気になったのが、誤解、誤読につながる表現が目立つこと。
例えば、岩戸優紀が東京駅で東海道新幹線のひかりに乗ろうとするシーン。
岩戸優紀が駅で時刻表の電光掲示板を見上げるのですが、
「ぼやける視界の中に、赤い文字でのぞみ、と出ている。」(原文ママ)
あなたが乗るのはひかりでしょ! なに見間違えてるの!
そう叫びそうになりました(のぞみは黄色文字表示なのに!)。
それだけではありません。
同じく東京駅、東海道新幹線のホームで岩戸優紀の近くを通りがかった、連れが乗る新幹線を間違えかけて呼び止める赤の他人のセリフ。
「待って! そっちは大阪方面だよ、逆だよ逆」(原文ママ)
……あの、ここ東京駅東海道新幹線のホームですよね。
大阪方面の逆には車止めしかありませんよ?
ヒロインのそばでコントでもやっているのかと思いました。
しかもこれらの表現が出てくるのは、物語の超重要シーン。
心をわし掴みにしてほしいところで、こんな誤解につながる表現が出られてしまうと、感動する要素激減です。
このように、展開が突拍子、重要な場面でミスとしか思えない表現が出るという、お粗末さが目立つ作品でした。
異常体質を抱える恋人と家族に寄り添う、というコンセプトが魅力的なだけに非常に残念です。